√episode:0 #07 デリガー・レヒト

私の名は無形十司。


今日から私はドッペルゲンガー…

いや…この世界では"デリガー・レヒト"と呼ばれる、

"なりすまし"の罪で"国際指名手配"となったテロリストである。



トリゴノメトリクスの私が指示した"章"なるものは、

精密で完璧なものであった。


そして"虹彩認証"を完全に実用化しているこの世界は、

地球よりも遥かに高度な技術の発展が進んでいる。


しかし近未来的な世界で私が最初に感じた事は、

人間がカテゴライズされ、

総てがデータ化されて扱われる存在に成り果てた

地球人の私にとって、

望ましい未来だとは言い難い世界であるという事だ。


同時に差別的なものは不変であり、

人類の象徴を改めて痛感してしまった事もまた然り。


私と同乗していた地球人らの総てが、

空港の認証時に無言のまま連れ去られて行った。


空港内のビジョンには、

早速と言わんばかりに臨時ニュースで溢れ返っている。


地球でも同じ事が放送されているかと思うと、

不謹慎にも少し笑えてしまった。



同日の便で私は新たなる母国三音へ向かった。


母国に到着した私を涙を浮かべて迎えてくれたのは、

今日から愛する私のである。


…初めまして、浅黄…



ゲート・ペリフェレイアのニュースは、

当然の如く三音でも大きく取り上げられていた。


行方不明者リストに私の名前が乗り

更に生存者が私だけという事もあって

私はマスコミから逃げる様に浅黄と九京へ向かった。


新たな住まいに新たな家族。


そう決して思ってはいけない同士と契った約束


私は今までもこれからも"無形十司"のままで在るのだ。



勿論、記憶のコピーは出来ない


でも私は彼と出逢ってから語り尽せない程の話を聴き、

彼の性格やこれまでの人生

そして彼の想いまで知り尽くしている


"鏡の中の一番の理解者"

今向うに居る彼にも、私がそう在って欲しい。



彼と連絡が取れたのは数日後の事である。


他のトリガーは混乱状態に陥ったまま、

渡航先の病院で精神的な治療を受けているとの事。


やがて其々の国に還されるというが、

異世界に対応出来るかどうかは私達と同じで判らない


しかしこちらと違って不遇な扱いの心配はなさそうだ。



一先ず、無事で何より。
そして、「おめでとう。」



不安を言い出したらキリがない、

とはいえ実際は少し環境が変わった場所で

相も変わらず同じ研究をしているだけの感覚だ。


そして彼が浅黄を愛していた理由が本当に判る。


初めは"ごっこ遊び"をしている感覚が抜けなかったものの

彼女と日々を過ごし、彼女を知れば知る程、

私自身も浅黄に心を引かれてしまったからだ


これも因果というものなのか…

以前彼も、浅黄の話で同じ事を言っていた様な気がする。



浅黄の病気の件は知っている。

私も対処法を可能な限り調べ尽したが、

恐らく地球上に於いての血液がんの類とみられる。


当初の私はRGBを単純に血液型に置き換え、

Cが"A"、Mが"B"Yが"O"

そしてTYPE-Yが"ボンベイタイプ"に相当、

Kと呼ばれるものは"リンパ腋"の事であると思っていた。


しかしここまでアルゴリズムがされていると

正直、地球の医学では太刀打ち出来ない


この世界は正解依存しすぎており

不確かな可能性を許さない傾向がある。


医療面に於いて、

技術だけが進歩している点は地球も同じだが、

ずば抜けて技術が発展しているのにも関わらず

免疫学的に遅れを取っているのは、

失敗を許さないというよりも

機械任せで成功が当たり前であるという

データ化しすぎた近未来の結末にさえ感じた。


実際、浅黄にしてあげられる事は

こちらに来てからも同じ事しか出来ず

私は彼が戦ってきた哀しい世界の風潮を、

日に日に目の中りにしていったのである。



そして私は地球に居る彼に或る"賭け"を提案した。


その賭けとはとの間で合意した

自らが検体となるである。


"TYPE-Y"且つ、"コード・シックス"の彼女に、

アルゴリズムされていない地球人の体液を介す事で

彼女のRGBの羅列を崩し擬似的に整合させる事を目的とした、

トリガーが最も嫌う"可能性"そのものである。


だがトリガーの理論からすれば、地球人全員が不透明であり

文字通り"カラーレス"のTYPE-Yに属される事になるのだ。


"カラーレス"のアルゴリズムの解明は、

私がこの世界で彼から依頼された研究の一つでもあった。



しかし大きな問題が二つある。


一つ目は相互間の輸血でアナフィラキシーのリスクが極めて高い事、

そしてこれは治療ではなく、紛れもない"人体実験"である事の二つ。


その未知数なるリスクを含む"賭け"に対し、

トリガーらしからぬ彼は「"可能性"に期待する」と口にした。


何よりもお互いが今、

浅黄を救う事しか頭に無かったからかも知れない。



だが彼が気にしていた通り、

浅黄が私に対しての気遣い故の"潔癖"は徹底していた。


余り他人…いや、同士の夫婦生活を察するのは気が引けるが、

この分だと彼は浅黄と身体どころか、

唇を交わした事すらなかったであろう。


歯痒かった筈だ。


でもそれ以上に互いが愛し合っていた事が判る。


私がいつまでこの世界で生きられるかも判らない。

そして浅黄も私と同じなのだ。



命を捨てる覚悟で私と彼は異世界へと入れ替わった。


彼女もまた"死"を覚悟の上で私の隣に居てくれている。


迷っているはない…

だがもう少し時間が欲しい…


私は彼に再度考えを改める旨を伝えた。


彼女を助けたい事に気持ちは変わりない。

しかし、彼と彼女にとって他に最善の方法はないものか。


今の私達の"可能性"は文字通りの"賭け"である



賭けに負けたら何も残らない


仮にもし何かが残るのならば、永遠の"後悔"だけである。