√episode:0 #02 聖夜の神隠し

或る日私が研究室へ忘れ物を取りに行った時の話。


唯一、デモの轟音が鎮まるクリスマス・イヴの夜だ。



静寂に包まれた部屋の隅で、啜り泣く彼女と出逢った。


彼女の名は浅黄(あさぎ)


ダウンクロスの"セルシウス"

私の故郷ヘキサゴンの島国である三音の、

"ラジアン"との間に生まれた子だ。


そして、彼女は×のトリガーであった


恐らく、ラジアンの私が

この街中から離れた研究室へ出入りするのを見て

彼女は救いを求め、こうして聖夜駆け込んだのだろう。



ガラスを割って忍び込んだ様子で、華奢な手からは血が溢れていた


私が処置を行なおうとすると彼女は拒絶した。

血に触らないで!」と。


『私は三音出身のラジアンだ。恐れずにゆっくり話を聴かせて欲しい。』


私がそう語り掛けると彼女は漸く落ち着きを取り戻し、

ゆっくりと口を開いた。


彼女に耳を傾け聴くと、

彼女の血液は特異型であり、

また先天性の病を患っていると答えてくれた。


私を拒絶したのは、私を想っての事であった。


一先ず私は彼女を自宅に匿う事にした。


放って置ける筈がない。

同じラジアンだからというのではなく

彼女は何の罪も犯していない、唯のトリガーなのだから。



驚愕したのは翌朝の事である。

処置をした包帯を取り換えようとした時だ。


あれ程深くまで傷を負っていたにも関わらず

殆ど回復していたのだ。


私は宗教等に一切興味はない。

だが彼女は或る集落で"メシア"と呼ばれていた存在だった。


科学者としての"悪い興味"が走ったのは言うまでもない。


私は益々×狩りが激化するレフトから、

一刻も早く彼女を連れて帰国する決意を固めた。



しかし、問題は非常に大きい

このまま彼女と共に帰路に乗るという事は、

同時に彼女の"認証"から逃れられないという事だ。


そしてそのまま彼女は捕まってしまうであろう。



私は彼女に究極の選択肢を提示せざるを得なかった。


そう、彼女の右目から現在の章を取り出し

偽造を施す事である。


だが不可解な事に、

何故か彼女の右目には印章がされていなかったのである。


国際的に出生時に印章が未登録の者へ関しては

出生不明である"×"章のみが与えられるため

恐らく彼女は"≠"と誤解されぬ様、自らを"×"と名乗ったのだ。


それは彼女が"メシア"と呼ばれていた件と深い関係性を持つ。


その件に関しては追ってお伝えするとしよう。



私は自身の地位を利用し、

×狩り紛争による行方不明者リストの中から

"△"章で彼女の年齢に近い女性を捜し

その女性と同じ"△"章の偽造複製を彼女に施した


そして出国直前に私と彼女は籍を入れた。

無論、彼女の戸籍

近年の争いによる行方不明者のもの


私は偽名の妻偽装結婚をし、母国へと帰還した。



帰国後、私は九京(くきょう)にある、

私の自宅兼研究室で彼女と共に生活を始めた。


彼女に寄り添い、穏やかな日々を過ごした。


私も彼女もレフトでのツラい記憶が多い。


出逢いや理由は如何なるものであれど、

気づけば互いを愛し合っていた


帰化により彼女も漸く本来の名を取り戻し、

偽造結婚も本物の夫婦へと変わった。



しかしこれまでに行なった私の罪の数々は、

決して赦されるものではない


だが私にとっては大したものではない、



何故なら私こそが本当の大罪者なのだから。